分子生物学とは?

従来の生物学(Biology)は、生物の形態・分類・進化・行動や遺伝(Genetics)に法則性を見いだし、そこから生命の本質を探ろうとする学問でした。1953年にワトソンとクリックにより遺伝物質DNA(デオキシリボ核酸)の分子構造(右図)が提唱されたとき、初めて生物学者が、生物を分子(Molecule)のレベルで解明する可能性を認識し、ここに分子生物学(Molecular Biology)が生まれました。こうした歴史もあって、「分子生物学」という場合には、むしろ分子遺伝学(Molecular Genetics)と呼ばれるべき分野を指すことが多くなっています。

一方で、医学・薬学・農学や化学の分野には、分子を扱う学問である化学(Chemistry)の立場から、生物を構成する分子の構造と機能を研究し、生命のしくみを理解しようとする生化学(Biochemistry)があり、独自のめざましい発展を遂げてきました。生化学と分子生物学は相互に密接に関連した研究分野であり、共にバイオテクノロジ-の発展にとって重要な知見を提供し続けています。その成果は医学・薬学・農学分野の様々な応用技術の基盤となっています。

それでは、分子生物学が研究対象とする、「生物を構成する分子」とはどのようなものでしょうか。生命活動にとって重要な生体分子として、まず一番に挙げられるのが蛋白質です。蛋白質は酵素として各種の代謝反応を触媒したり、構造蛋白質として細胞構造を作り上げたり、細胞内の様々な場で活躍していますが、こうした多彩な機能は全て20種類のアミノ酸の並び方(一次構造)だけで定まります。その情報は、染色体(ゲノム)の上にある遺伝子にDNAの塩基配列(遺伝暗号)として書かれています。DNA分子のもつ遺伝情報が、RNA(リボ核酸)を経て、蛋白質に翻訳されることにより、複雑で多岐にわたる生命現象が営まれているのです。これを理解するために、分子生物学は、ゲノム上の遺伝情報を解読する(=その生き物がどんな遺伝子を持つか調べる)こと、そしてその遺伝情報の発現(=RNAへの転写、蛋白質への翻訳)がどのように調節されているか解明すること、を目指しています。

一つのゲノムの上には、細菌で数千、高等生物なら二万個以上もの遺伝子が存在しますが、近年、ゲノムの全塩基配列を解読することにより、これらの遺伝子セットの全貌を明らかにし、個々の生物を分子レベルから把握しよう、というプロジェクトが盛んに進められてきました。これまでに、細菌、酵母、ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ、イネ、ヒトなど数多くの生物のゲノム全塩基配列が決定されています。そして現在では、解読された膨大な塩基配列情報をもとに、相同性に基づく新規機能遺伝子の同定、機能未知遺伝子の機能解析、ゲノム全体の網羅的発現調節解析、など、生化学・分子遺伝学のほか情報科学を活用した研究が活発に行われています。

「生物を構成する分子」として重要なものには、前述の核酸、蛋白質の他に、糖質、脂質などが挙げられます。糖質はエネルギーの貯蔵物質として重要なだけではなく、蛋白質、脂質、核酸などと複合体を形成して、生体内で様々な働きを担っています。脂質は細胞膜の構成成分や、エネルギー貯蔵物質として欠くことのできない生体分子です。分子生物学科の各研究室では、これら核酸、蛋白質、糖質、脂質などの生体分子を鍵として、生命現象の理解を目指した基礎研究を進めています。詳しい研究内容に関しては、「研究グループ紹介」「研究業績」の項をご参照下さい。